となりのトトロのサツキとメイは母に最後なぜ会わない?ラストシーンの意味を考察!

『となりのトトロ』では、行方不明になったメイがみつかりさつきと共にネコバスでお母さんの病院にトウモロコシを届けてハッピーエンドを迎えます。

ここで、多くの方が感じたのではないかと思うのが「なぜ2人は病院に行ったのにお母さんに会わなかったのか?」ということです。

あんなに会いたかったお母さんに、直接トウモロコシを渡さなかったのはなぜでしょうか?

そこで今回は

  • サツキとメイは母親に最後なぜ会わないのか?
  • 最後のシーンの意味は?

について考察していきます。ネタバレを含む可能性がありますのでご注意ください。

目次

サツキとメイは母親に最後なぜ会わないのか?

結論から申し上げると、

姉妹の成長を表しているため

です。

では、詳しく考察していきます。

メイの成長

メイはまだ幼く、本当であれば母親にべったりの年頃です。

トウモロコシをトウモコロシと言い間違えたり、どうしてもさつきに会いたくて学校まで来てしまい、言うことを聞かず泣きじゃくる、という点でまだまだ幼い幼児なのです。

いままでは「お母さんと一緒に寝る」や、髪の毛を整えてもらう順番を待てなくて駄々をこねるなど、自己中心的な行動が多かったメイですが、物語の終盤少し意識が変わります。

病院から母の一時帰宅が伸びた、という知らせを聞き泣きじゃくってさつきを困らせるメイ。そのあと、人知れず泣くさつきを見て、トウモロコシを持ち走り出します。

母にトウモロコシを届けたい、という

初めて誰かのために行動するという成長

を見せています。

さつきの成長

一方、さつきは年齢の割にとても大人びています

もとよりのしっかり者なのでしょうが、家事をてきぱきこなしメイの面倒も見ており、友達のかんたと比べても非常にしっかりしていることが分かります。

母親の見舞いにいってもメイのように抱き着くことはせず、母を気遣います。そんなさつきの我慢をわかっているから、母はメイではなくさつきの髪を優先して整えています。

さつきはメイが行方不明になった時も一人で捜索し、村人も協力してくれていますがあからさまに頼るようなことをしません。

これはさつきが他者を頼らずに自己完結で暮らしてきていたことの表れだと思います。

しかし、さつきはトトロに助けを求めます。

ここで初めて誰かに助けを求めることが出来たのです。

さつきが母親以外の人間に頼ることが出来たのは成長のあかし

と考えます。

人間としての成長

トトロの力を借りメイを見つけることができたさつき。2人はネコバスに乗り、母親のいる七国山病院へむかいます。

この行動は「母親に会いたいから」ではなく「母親にトウモロコシを届けたい」からです。

だからこそ2人は母親に会わずにトウモロコシを窓辺において立ち去ったのです。

これは

甘える対象だった母親に会わなくても平気だったという
2人が人間として成長した証拠

なのだと考えます。

さつきとめいは性格の全然異なる姉妹ですが、2人はそれぞれ人間として成長する姿が描かれているのですね♪

ラストシーンの意味は?

さらに、最後のシーン、さつきとめいがトウモロコシを置いて母親に会わないシーンは、

さつきとメイの成長と子供は大人が思っているよりも強い

ということを意味していると思います。

母親の無事も確認でき、元気そうにしている姿を見て安心した2人はトウモロコシにメッセージを書いて立ち去ります。

自分たちの心配をして探しているであろう村人達に早く無事を知らせたかったのかもしれません。

普通であれば信じがたいストーリーですが、ファンタジー映画『となりのトトロ』では違和感なく成立するストーリーになっていました。

2人が亡くなっているため木の上から見守っている、という都市伝説もありましたがジブリサイドは都市伝説を否定しています。

まとめ

今回は「となりのトトロのさつきとメイは母に最後なぜ会わない?ラストシーンの意味は?」について考察してきました。

結論として

  • さつきとメイが母親に会わずに帰ってたのは2人が成長し、
    母に会わなくても平気だったから
  • 最後のシーンは子供の成長と力強さを意味しており、
    ファンタジーを織り交ぜたラストシーンにした

と考察出来ました。

『となりのトトロ』を通して姉妹が成長していく過程を見ることが出来ました。単なるファンタジー映画としてだけでなく、家族、子供の成長物語として『となりのトトロ』を楽しんでみてはいかがでしょうか?

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