翔んで埼玉の原作と映画の違いまとめ!未完の理由は何?

映画『翔んで埼玉』は、映画史上初ともいえる埼玉ディスリ映画として話題になりました。

原作漫画を映画化していますが、両作品に違いはあるのでしょうか?

そこで今回は

  • 原作漫画と映画の違いは何?
  • 原作が未完なのはなぜ?

について考察していきたいと思います。ネタバレを含む可能性がありますのでご注意ください。

目次

原作漫画と映画の違いは何?

原作と映画の違いはズバリ、

完結しているかしていないか

です。

原作漫画は未完のまま終わっているのに対し、映画は完結しています

原作漫画の内容は?

原作では、

麗と百美が伝説の埼玉県人「埼玉デューク」を探しに行く旅に出て終わり

になります。

舞台は架空の世界における日本で、埼玉に住んでいる埼玉県人は東京に行くには「通行手形」が必要でした。

もし、手形なしに東京に立ち入ろうものなら「埼玉狩り」にあい、100たたきの上埼玉に強制送還されてしまいます。

それほど、埼玉県人は迫害されて生きていたのです。

一方、東京の名門「白鵬堂学院」にアメリカからの帰国子女「麻実麗」が転校してきます。

麗は実は隠れ埼玉県人で通行手形制度をなくす目的を持った埼玉解放戦線のメンバーだったのです。

東京都民である白鵬堂学院の生徒会長、「壇ノ浦百美」はそんな麗を毛嫌いし、勝負を持ち掛けますが破れてしまいます。

そんな百美に優しくキスをする麗。

百美は麗に心奪われてしまいます。

その後百美は麗から埼玉県人がおかれている辛い状況を知り、麗に協力することになります。そして、麗からある埼玉県人の話を聞きます。

それは埼玉デュークという伝説の埼玉県人で、埼玉解放のために戦っていたのです。

百美は麗とともに埼玉デュークを探す旅に出るのです。

原作はここで未完のまま終わっています

映画版ストーリーは?

映画版『翔んで埼玉』は細かい設定は違うものの、原作と同じ都会指数の高い東京都民、白鵬堂学院の生徒会長「百美」と、アメリカ帰りの隠れ埼玉人「麗」が出会うところから始まります。

映画版は原作のラストからさらにストーリーが展開されており、千葉解放戦線の「阿久津翔」に襲われそうになったり、そこを「埼玉デューク」に救われたりとオリジナルストーリーになっています。

さらに、百美が「サイタマラリア」にかかって重体になるなど、埼玉県民への侮辱の数々を連発します。

しかし、千葉解放戦線と埼玉解放戦線のご当地芸能人自慢合戦など、ディスリのなかにも愛や尊敬が感じられ、奥行きのある壮大な展開になっています。

最後は世界埼玉化計画なる、壮大なプロジェクトが発足する埼玉愛にあふれた映画へと変貌していました。

原作の第1話が掲載されたのはなんと1982年、昭和57年のことです。今とは時代も相当異なっているでしょう。

映画は原作とは異なった、別解釈の「翔んで埼玉」と言えるでしょう。

原作が未完なのはなぜ?

原作コミックが未完で終わっているのは、

作者が引っ越ししてしまったから

です。

詳しく解説していきますね。

漫画の原作者、魔夜峰央先生が編集長のアドバイスで埼玉県所沢市に住むことになりました。しかし、締め切りなど超が付くほどの厳しい管理下に置かれることになり、先生のストレスはマックスに。

そのストレスからか、埼玉に閉じ込められたストレスを解消するように、漫画「翔んで埼玉」を執筆したのではないかと言われています。

しかし、3話目を書き終えた段階で神奈川県横浜市へ引っ越しをされたそうです。

そもそも埼玉在住で、埼玉をいじる形で「翔んで埼玉」を執筆していたのに、横浜に引っ越しして「他県から埼玉をディスるわけにはいかない」と、執筆を辞めてしまったそうです。

なんとも残念な話ですね。

まとめ

今回は「翔んで埼玉の原作と映画の違いまとめ!未完の理由は何?」について考察してきました。

結論として

  • 原作漫画と映画の違いは未完か完結しているかの違い
  • 原作が未完なのは、作者である魔夜峰央先生が埼玉から横浜に引っ越しし、埼玉のことをディスることができなくなったから

と考察出来ました。

違いはあるものの、映画『翔んで埼玉』も笑って埼玉について知ることができるエンターテイメント作品でした。

ぜひ今回の考察をもとに映画『翔んで埼玉』を見直してみてはいかがでしょうか?

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